考える子供
案内役・フク考える園長の子供!ウ〜〜ン?
スゴイ?のかな・・・。案内役は子供専門のフクです
ここは何時も世話になっている園長の子供の話
日記ではないので覚えている事だけ書き残します!

7(番外編 絆)

平成23年3月11日昼食後、長女の大学入学の準備に仙台港で買い物をしていた〜
帰宅したのが14時近くかの〜長女はそのまま奥さんと母校の高校へ、用事があるからと。
自宅に居た14時46分、アリャリャ〜コリャリャ〜とんでもない大きな揺れが〜

1978年当時中学生であった園長が経験した宮城沖地震!そんなものではなかったのだ〜〜
15分ほど揺れたか?3度ほど大きな揺れが続き、家の中の物は崩れどうにもならない・・・
冷蔵庫からアイスは出るわ!ジュ−スは出るわ!何時まで揺れるんだ〜と切れてしまう!!!
揺れが収まり長男を呼ぶ怪我は無いようだ!実はこの時奥さんのお母さんが足を骨折し
我が家でリハビリをしていたのだ!部屋に行ってみるとアブナ〜足元に大きな家具が落ちていた。
家の中から外に出るまで20分ほどかの〜壁は落ち、散乱どころの話じゃない!!!

夕方の寒空、雪も降り始めて・・・寒い〜
革ジャン着て片付けだ〜長男と汗抱くになりながら物をどけていくと
奥さんと長女が車で帰って来たぞ〜と・・・「生きている〜」生きているわい!!
しかし!!信号は止まり大渋滞だと!高校の壁も崩れ落ち大騒ぎだったらしい
そして次女が駅近くの強制歯科に行っている!「迎えに行かないと」
無理だ〜!次女の生命力信じ自力で帰って来るのを待つしかないさ・・・
実はバスを降りて直ぐに地震が来たんだと〜歯医者は無理だし何しに行ったのか・・・

ラジオを聴いていると「津波が若林区区役所に到着した」と園長宅より内陸だぞ!
外を見た!雪で濡れており津波が来たのか?来ないのか?分からない〜〜〜
電気・ガスが止まった状態でこの後どうするべ・・・次女も雪ダルマのようになり帰宅〜
食事はどうする?炭・カセットコンロ・バーベキューセットがある!何とかなるべ
乾麺・米・多少の保存食が残っている!で〜食器の9割ほど壊れたのに
日本酒の一升瓶10本は無事・・・なんだかな〜園長の為?ビールも無事・・・奥さんの為?
偶然か缶焼酎が1箱!貰った物なのだが何時もなら人に回しているのだが残っている
酒には当分困る事はないようだの・・・・・フゲ・・・

宮城沖地震では1週間ほど電気が止まっていたが今回はもっと長くなりそうだぞ!
日が落ちローソクに火を点ける・・・壁は隙間だらけ星が見えるほど離れている!
まず!片付けをしなければ・・・子供たちも文句も言わずに働き出した!
毎日近くの産業道路ではパトカー・救急車・自衛隊の車!空ではヘリコプターが
爆音をあげ北に向かって行く!夜になると仙台港の空が真っ赤だコンビナートが燃えている!

地震の次の日!水道から水が出ない・・・噂で近くの公園で水が出ると
さっそく奥さんと10本ほどのポットとポリタンクなど持ち出し水汲みに
周りの方方も入れ物すごく持っていますね〜イヤハヤなんて思いながら水汲み完了
次の日・・・水出ているじゃんか〜ガックシ・・しかし水圧の関係で2階は水が出ない
2階のトイレは当分封鎖だの〜当分風呂にも入れないか・・・

毎日が片付けと食事のやり取り!スーパーも開いてないし
そんな中!子供たちがトランプ・人生ゲームを引っ張り出してきた〜〜
昔はよく遊んだが今ではね〜〜みんな部屋に閉じこもって出て来やしなかったのに!
反射式のストーブが3台あり!一つは奥さんのお母さんの部屋に!一つは食卓の場所に
一つは何もない部屋にみんな集まりゲーム大会だ〜〜懐かしいの〜

でも!夕方になると日も沈み真っ暗に・・・電気が繋がらない〜〜
ローソクと懐中電灯での暮らしなのだが!・・・子供たちがやたらと単三電池を持って行く?
あれだけ在った電池がスクナ〜〜何使っていると!携帯の充電・DSで使っていた・・・
ナヌ〜携帯充電できるのか!コンニャロメ〜最初から教えろ〜充電器があったとは
後で気づいたんだが・・・車のカーナビでTV見られたんだよな・・・

一週間ほど経ちスーパーが開きだしたとの噂が!!!買い出しだ〜
ガソリンも手に入らないし!自転車持ち出し家族でスーパーに・・・しかし1人5品まで
家族が多いほど手に入れられるが・・・種類が無い・・・またもや酒類ばかり
こんな時ほど!あんパンやマーガリンを塗ったトーストが食いたい〜売ってないし・・・
子供たちも2時間も3時間も並び一生懸命買い出しの毎日〜〜
今日はこれ買ってきた〜明日はあそこのスーパーに行って来ると心強いね〜
しかし!こんなに物に不自由したのは?あったか?日に日にスーパーも品ぞろえが
そんな中!業務用のままにステーキや焼き鳥の冷凍した物など!これは買いだ〜〜
レジに行ったら・・・3万弱も取られた・・・震災時は値札見て買わんとな〜と思うのだった
後から聞いたが街の方では!ボッタクリが多く出てキャベツ1個800円だったと

10日も過ぎようとした頃の夜!急に蛍光灯が点いた〜〜子供たちも大騒ぎ
しかし奥さんだけがベットの中で・・・疲れているから別にイイからと・・・なんだかな〜
そんな中!初めて津波の映像を見た・・・何だこりゃ・・・話は聞いていたが・・・
園長宅の1キロ東寄りの地域もこんな状態なんだべな・・・見になんか行けやしないよ

ある日携帯の呼び出し音が!県外の先輩方が「お前生きていたか〜良かった〜」と
昔の仲間が、ガソリンを持って来てくれた!カセットコンロを送ってくれた。
ちょこびの村の仲間にも電話を入れた〜しかし!みんな本当は死んだと思っていたんじゃないの
しかし!電気は来たものの電話回線が復旧しない・・・好き勝手掲示板に書くなよ〜
そんな中!都市ガスも半月以上かかり、復旧したぞ!奥さんが1番喜んでいたさ〜
ライフラインも生き返り始めたが!道路は段差だらけ・・・泥棒も多くマダマダだ〜

この頃になるとゲーム大会も終了に・・・子供たちも各々の部屋に入るようになり
また離れてしまう〜長女だけは引っ越しもあるので園長たちと荷物の箱詰め
ヨドバシカメラも再開し!関東大震災が起きるかもしれんと!
懐中電灯や乾電池など買いあさるが!皆さんも買い溜めして物がない〜
スーパーでも初めての1人暮らし!食料も沢山持たせないとな〜〜
後は!新幹線も止まっているし園長が車で神奈川まで長女と荷物送るさ〜〜

そんな数日が過ぎ4月7日深夜23時50分頃にゴゴゴゴゴゴゴっと言う地鳴りが・・・
晩酌も散々飲んだのに布団から飛び起き、必死に大型のTVラックを抑えに〜
このTVだけは守りきる〜〜本震でも守ったのだから〜〜〜のはずが・・・
頭の上からTVラックが飛び跳ねて降りかかって来た・・・すごい衝撃で悶えこむ園長
頭と左肩が痛む・・・何が起きたのか分からない状態・・・
停電はしなかったものの 腕を抑えて各部屋を見回していく家族はみんな無事だ〜
しかし本震よりかなり酷い状況だ・・・サッシの窓は外に飛び出し戸締りもできないって
せっかく片付けたのにとマジ!頭に来る〜よりも・・・肩が痛すぎだ・・・

子供たちも血を流して痛がっている園長を見て心配している
奥さんのお母さんが心配して救急車を呼ぶが歩けるなら自分で何とかして下さいと
すごい激痛だ〜自分でどんな状態かも分からないし寝るしかないか・・・
しかし!寝れるもんだね〜!痛みで何度も何度も起きたんだが不思議だよ〜〜

次の朝に知人が来て!脱臼はしているから長引けば治らなくなるからと
骨折院を探しに!まだ開かない中看板を見て電話をして開けてもらった!
寝るにも痛みで時間がかかる〜ユックリと腕を上げていくが痛みが酷い・・・・・
それでも30分ほどかけ骨がポキッと!はまった様子だが?そこから激しい寒気・・・
先生曰く、「脱臼どころではないはず、レントゲン設備のあるところを紹介する」と
知人の車で直ぐに移動し!レントゲンを撮るが「うちの病院では無理です、総合病院を紹介する」
病院たらい回しじゃないか〜〜救急車め!来てくれないから・・・

やっと病院に〜自分で受付し待ち時間の中で痛みと格闘だ〜フゴ!!!
で〜〜またレントゲン撮るの〜〜激痛の中で寝たり立ったり今度は手術の検査
主治医の話では、左上腕部分の簡単に言うと関節の腕の部分の丸いところが
3か所ほどに割れていて即入院!しかし家族が心配で直ぐ入院はできません!!!
手術の数日前には戻りますので帰らせて下さい〜痛み止めの座薬を入れたのが13時過ぎ
何時間痛みと格闘していたのやら・・・・・トホホホホホホ

薬の制でだんだんと痛みもなくなり片手ではあるが何とかできるかも?
業者に電話し道路向かいの離れ住む!よくホームパーティーをしていたところだが
すぐさま広い部屋を3部屋に仕切ってもらい引っ越し作業〜〜
子供たちも必死に手伝い!園長が動けない分頑張ったな〜〜
しかし、お風呂が使えない・・・知人が知っているところに電話をし
すぐさまボイラーを工面してくれたのだが誰も住んで居なかった住居
屋根がボロボロで雨漏りが!さらに問題発覚ネズミが電気配線を全部齧っていると・・・
子供たちも天井の点検口から巨大なネズミを何度も見た〜怖いよ〜〜って・・・

それでも何とか住めるように!2階に子供部屋も2部屋とれるし大丈夫だべ!
しかし長女の引っ越しが園長ではできなくなった・・・情けないの〜〜マッタク・・・
知人に頼みこむと!心配するな〜荷物と娘さん送ってやるよと〜アリガタヤ〜〜
3日ほど過ごし病院に戻るが!病院から何も説明を受けていなかった園長
奥さんには子供たちが心配だから帰ってイイからと手術室へ・・・

手術が終わりボンヤリと気が付くと??奥さんが居るし?なんで?
病院から呼び出し食ったってさ〜もう大丈夫だから子供たちの所に帰れよ〜心配だし
それからが今度は手術したところの痛みとの戦い〜痛いわ!痛いわ!かなわんよ〜
トイレにも行きたいし看護婦さんが大丈夫ですよ〜って?なんで・・眠いし・・
ところがここから地獄の始まりだった・・暗い集中治療室の中なのに誰か居る・・・
「○○子〜!おか〜ぁさん〜!誰か〜!誰か〜!」なんだなんだ?
反対側からベットの金具を外しカンカン〜カンカン〜うるさい!なんなんだ〜〜
看護婦さんの話では普段歩けないほどの老人なのだが徘徊し他の患者さんに迷惑がかかるので
ここで保護しているって・・・園長には迷惑かからんのか〜ッタク〜〜 

24時間五月蠅かった中やっと一般病室にと・・・管外しますね?何の管?
下半身をゴソゴソと?注射器でオシッコ抜きますね?ハァ〜???ジュルジュル・・・
ゲゲゲ聞いてないよ〜こんな処置〜今回1番の屈辱を受けた園長だった・・情けな

3日ほどして長女が奥さんと見舞いに来た!明日引っ越しだと情けない園長だ〜
園長情けない表情していると奥さんが!めったに見れないよ〜こんな顔って
なんちゅ〜母親や!娘は大丈夫だからって!心配させないよう笑顔で旅立っていったのだ〜

次の日奥さんも付き添いで東京に1泊してくる予定・・残った子供たちが心配で
看護婦さんに外出してイイ?「無理です、手術して1週間も経たないのに」
日曜日だったが先生に聞いてきます・・・「ヤッパリ駄目ですと」
それでも心配!若い看護婦さんと押し問答〜涙目にさせちゃったが
コッソリとコートを着て抜け出すのだが!看護婦さんに「どうするんです?」
大丈夫なんでもないからと!自宅へ〜残った子供たち園長が帰ってきたとビックリ仰天!
何で帰って来たのと邪魔者扱いかよ〜〜3時間ほど居たかな〜病院に戻らないと
看護婦さんに申し訳なく当直分ほどのケーキを帰って戻ると
看護婦さん達が「戻って来た」と喜んで大騒ぎ!ばれたら先生に怒られるもんな〜

手術から2週間で抜糸が出来る主治医の先生に何時退院できますか?か?か?
渋々抜糸した日にできますと〜〜当然即退院したさ〜〜家族もビックリだったろう〜
家に帰ると何時もなら園長が食事の配膳をしていたが子供たちが奥さんのお手伝い!
お風呂も園長左手が動かないからと奥さんが長男に背中を流せと言われて来たようだが
子供に世話になるか〜〜自分で出来る〜〜頑張ればできるもんだ〜ナッハハ
でも・・・時間が経てばまた昔に戻り部屋に籠る子供たち・・・しょうがないか〜

親ばか自慢トップに戻ります